科学的知見をもとにした練習の成果

スプリント科学
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結論

今回紹介する研究は,陸上競技のスプリント種目において19歳から24歳にわたりトレーニングしてきた女性スプリンターの疾走速度の向上に関与した要因を探ることでした.

この選手の100mのタイムは,19歳から22歳の12.23秒へと記録が短縮しました.それに貢献した要素として,技術的な要素と体力的な要素が考えられました.技術的な要素としては,接地中の膝関節が伸展する速度を減少させることができたことと,脚のスウィング速度が向上したことが考えられました.体力的な要素としては,ハムストリングスの強化を目的として,トレーニングを行った結果,膝を曲げる力が向上し,ハムストリングスの面積が増大しました.さらに,大腿部(太もも全体)の皮下脂肪が30%減少したことが考えられました.

この研究では,これまで発見されてきた科学的知見を活かしたトレーニングを行うことが,トレーニングの方向性を定めるために重要であることを支持した結果となりました.

研究の背景

これまでの研究では,優れたパフォーマンスを発揮するためのスプリントの疾走動作について検討が行われてきていました.また,そのような科学的知見を活かすことによる成果を見出してきた研究もいくつか存在しています.このような科学的知見をもとにしたトレーニングが,様々なレベルの選手に対して応用された結果を蓄積することは,コーチング現場への重要な手がかりとなります.

このような背景があったうえで,この研究の目的は,陸上競技のスプリント種目において19歳から24歳にわたりトレーニングしてきた女性スプリンターの疾走能力,疾走動作および体力要素を追跡することによって疾走速度の向上に関与した要因を探ろうとしたものです.

研究の内容

対象者は,陸上競技歴が12年で100mおよび200mを専門とする女性スプリンター1名でした.大学1年生から大学院2年生までの6年間にわたる対象者のトレーニングを追跡した.指導していたコーチが,その期間をⅠ期とⅡ期に分けています.

Ⅰ期(19-21歳)

19-21歳をトレーニングに対して受身的であり,与えられたトレーニング計画を漫然とこなしていた時期です.この時期のトレーニングの意識としては,走る動作に注意を払うことなく走っており,トレーニングに関しても強化する部位をほとんど意識していませんでした.また,トレーニング意欲が低く,規則正しい生活をしていませんでした.

Ⅱ期(22-24歳)

疾走技術やスプリントトレーニングに関心を持ち始め,これらの知見をトレーニングに取り入れるようになった時期です.自分の疾走動作を分析して,動作の改善点(接地中の膝関節をロックする)を理解できるようになっています.また,スプリンターに必要な体力要素について理解して,筋力トレーニングに取り入れていました.この時期は,トレーニングに対しての意欲が高くなっており,自己管理に注意を払うようになっています.

研究の成果

100mタイムの変化

競技会における100mタイムの変化は,19歳で12.56秒であったものが,22歳の12.23へ記録が短縮しました.また,60m全力疾走時の最高速度は,24歳のときでした.その時のストライドとピッチは,19歳のときを100%とすると,ストライドは101.6%であり,ピッチは100%であった.これらのことから,対象者が行ったトレーニングはピッチを維持したままストライドを向上させることができました.

疾走技術の改善

技術的な課題としては,接地中の膝関節の屈曲・伸展を少なくすることやスウィング脚の振り戻し速度を速くすることが考えられていました.このことを課題として設定したうえで,トレーニングを積んだ結果,接地時や離地時の膝関節角度に変化はみられませんでした.しかし,接地中の膝関節が伸展する速度を27.3%減少させることができました.さらに,脚のスウィング速度では6.8%増加しました.このことから,科学的な知見をもとにトレーニングや技術の改善をすることで,タイムが向上することが分かりました.

体力トレーニングの改善

ハムストリングスの強化を目的として,トレーニングを行った結果,膝を曲げる力が向上し,ハムストリングスの面積が増大しました.さらに,大腿部(太もも全体)の皮下脂肪が30%減少したことが考えられました.

まとめ

この研究では,これまで発見されてきたスプリンターに関する科学的知見を活かしたトレーニングを行うことが,トレーニングの方向性を定めるために重要であることを支持した結果となりました.

参考文献

稲葉 恭子加藤 謙一宮丸 凱史久野 譜也尾縣 狩野 2002)女子スプリンターにおける疾走能力の向上に関する事例研究.体育学研究,47(5): 463-472.

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